桃太郎症候群



漫才『桃太郎症候群』⑴



「昔話の桃太郎の話は知ってはるわな」
「おう、知っとるわい。子どもの時分にずいぶん聞かされた」
「それじゃ、桃太郎の歌も知ってはりますか?」
「おう、知っとる。♪お腰につけた黍(きび)団子、一つわたしに下さいな…、だろう?」
「歌の全部はどうだす。歌えますか?」
「歌の全部か、確か、あれは三番まであったな?」
「ノン、ノン。ワトソン君。桃太郎の歌は、六番まであるんや」
「そんなの、知らん」
「よう聞けよ。こうや」
• 桃太郎
1. 桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた黍団子、一つわたしに下さいな。
2. やりましょう、やりましょう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりましょう。
3. 行きましょう、行きましょう、貴方について何処までも、家来になって行きましょう。
4. そりや進め、そりや進め、一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまへ、鬼が島。
5. おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや。
6. 万万歳、万万歳、お伴の犬や猿雉子は、勇んで車をえんやらや。



「ずいぶん、乱暴な桃太郎だな」
「この歌ができたのが明治の終わりのころや。それから大正、昭和と子どもたちはこの歌を歌って大きくなった」
「その歌を歌って育った子どもたちが、やがて…」
「そうや。日中戦争、やがては太平洋戦争へと突入していく…」
「ところで、今日のテーマは「桃太郎症候群」でしょ。症候群っていったら病気のことでしょ。いったい、だれが病気なんだ」
「はっきり言いましょ。安倍晋三や。安倍の奴、自分のことを桃太郎だと思っている」
「安倍の奴って、安倍さんは日本の首相でしょ」
「そやさかい、困っているんやないか。はよ、あいつを何とかしてくれ」
「何とかしてくれと言われてもなぁ。日本は民主主義の国でしょ。選挙で選ばれた人が国会議員になって、その国会議員の中から首相が選ばれる。違いますか」
「そや、それはその通りや。でもな、考えてもみいや。桃太郎の歌一つでこの国は亡びの寸前まで行ったんやで。民主主義は、理想や。一人一人が自立した個という存在であってはじめて本当の民主主義は成り立つんや。それがどうじゃ、見てみい。この国の国民、ぐちゃぐちゃやないか。個として自立してはる人、何人知ってはりますか」
「そ、それはな。たしかに、ぐちゃぐちゃだな」
「戦後70年といいますやろ。この70年は愚民化教育の70年だったと思うねん。そうやなあ、1945年に戦争が終わってせいぜい60年安保の時までですな、覚醒した国民がいたのは」
「おい、ちょっと待て。おれとおまえは同級生で1951年の生まれだろう。じゃ、おれとおまえはどうなる?」
「宙ぶらりんですな。ところで、福沢諭吉という人、知ってますやろ」
「そりゃ、名前くらいは…」
「その諭吉さんがな、家訓として子どもたちに伝えたというものが残っているんや。これがなかなか面白いんや」
「もゝたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。けしからぬことならずや。たからは、おにのだいじにして、しまいおきしものにて、たからのぬしはおになり。ぬしあるたからを、わけもなく、とりにゆくとは、もゝたろふは、ぬすびとゝもいふべき、わるものなり。もしまたそのおにが、いつたいわろきものにて、よのなかのさまたげをなせしことあらば、もゝたろふのゆうきにて、これをこらしむるは、はなはだよきことなれども、たからをとりてうちにかへり、おぢいさんとおばゝさんにあげたとは、たゞよくのためのしごとにて、ひれつせんばんなり。」
ウィキペディアより:福沢諭吉が家訓として子どもに伝えたというもの。)



「卑劣千万なり、とは桃太郎のことだろう。つまり、諭吉さんは桃太郎が悪で、鬼が善だと言っているんだな」
「そうなりますわな」
「宝の主は鬼なり、ともあるな。それを獲りに行く桃太郎は、盗人ともいうべき悪ものなり、と」
「諭吉さんは最近いろいろ言われとるみたいやが、わしはこれだけでも諭吉さんを評価するで」

「そうや、まだある。芥川龍之介の桃太郎や」

1. 「鬼は熱帯的風景の中《うち》に琴《こと》を弾《ひ》いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、頗《すこぶ》る安穏《あんのん》に暮らしていた。そのまた鬼の妻や娘も機《はた》を織ったり、酒を醸《かも》したり、蘭《らん》の花束を拵《こしら》えたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。殊にもう髪の白い、牙《きば》の脱《ぬ》けた鬼の母はいつも孫の守《も》りをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。――
2. 「お前たちも悪戯《いたずら》をすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい? 人間というものは角《つの》の生《は》えない、生白《なまじろ》い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面に鉛《なまり》の粉《こ》をなすっているのだよ。それだけならばまだ好《い》いのだがね。男でも女でも同じように、嘘はいうし、欲は深いし、焼餅《やきもち》は焼くし、己惚《うぬぼれ》は強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒《どろぼう》はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」
芥川の『桃太郎』
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「つまり、あれか。桃太郎は、楽しく平和に暮らしていた鬼の島に行って、宝物を奪ってきた悪人ということか」
「そうなる」
「なぜ、そんなことをするのだろう」
「おそらく、欲と見栄のためとちゃうか」
「ちゃうか、といわれてもな。あんたは人間はどんどん劣化していると言っていたな。この劣化の行きつく先は、やっぱり、破滅、滅亡か?」
「安倍をどうすることもできない人間、ことに日本人なんて、滅亡しかありませんな」
「ありませんか、なんてずいぶん冷たい言い方じゃありませんか」
「問題は安倍だけじゃない。安倍の顔色をうかがい、われこそ桃太郎の一番の子分なりと安倍に追従する輩がでてくる」