路木ダム


こうして、山間の川には、ついにダムができた。
2013年10月1日からは、出来上がったダムに水を貯めはじめた。


このブログに書いていた『現代口上瓦版・路木ダムの巻』を思い出す。
2009年とあるから4年前だ。


こんな話だ。


まったく、恥ずかしくって夜も眠れない。


おれは、とうとう、食えなくなった。

家賃を払えば、米が買えない。

電気代を払えば、ガス代が払えない。

職を探しても、中高年の身、おいそれとあるはずもない。

いいや、おればかりじゃない。あっちにも、こっちにもこの小さな島に食えない住民はいっぱいいて、今日をどうしようかと思い悩む。

これが「宝島・天草」の現実だ。


山の精霊よ、川の精霊よ。

聞いてくれ。

こんな島で、何とも恥ずかしい事態が進んでいる。

嘘をいっぱい並べたて、この静かな山あいにダムを造るというのだ。


「路木川は、たびたび氾濫して、田畑や人家へ被害をもたらしている。とくに、昭和57年7月の集中豪雨では、路木地区で100棟以上が水につかり、天草を縦断する国道は、9時間にわたって通行止めとなった。・・・」


だから、治水のためのダムを造ってほしいと、当時の河浦町長と牛深市長が県に陳情した。平成3年のことだ。

また、陳情書は書く。

「牛深地区は慢性的な水不足で、これを解消するため、住民は、ダムの水を待ち望む」、と。


嘘は、このときから始まった。

嘘は踏襲され、嘘は、さらに増幅される。

嘘はまた、それだけでは幻であるから、骨格を作り、肉付けしなければならない。


そうだ。熊本県は路木地区の架空の、つまりはありえない、浸水被害をもとに「費用対効果」、B/Cを計算した。

それによれば、路木川の右岸が決壊し、路木地区が浸水被害にあうことになっている。

しかし、だ。路木地区と路木川とは、山で隔てられているのだ。

現地を見た河川工学が専門の京都大学の今本教授は、即座に「これは、山つき堤防ですわ」といった。


水が山を登らない限り、路木地区の浸水はありえない。


先人たちは、代々、川を治める知恵を継承してきた。

路木川は、右岸よりも左岸が低くなっている。もしも、路木川に水があふれると、この左岸から水は田畑へと流れ出す。あふれた水は、下から上へとゆっくり田畑を覆っていく。ここが大事なところだ。いいか、下から上だ。土砂と一緒に、上から下へとありとあらゆるものをなぎ倒していく氾濫ではない。


やがて、水がひく。一時的に水につかりはしたが、田畑は、最小の被害でふたたび姿を見せる。

川とともに生きた先人の知恵だ。


一方で天草市は、水がほしいという住民の声だと、区長会を総動員して署名を集めた。

更に念を押すため、婦人会や商工会、地区区長会が、市長や知事に直接陳情する。


山の精霊よ、川の精霊よ。

人間はこんなにも愚かで、かなしい。


暮らしというのは、たんに私が生きるのでなく、

今を生きるもの一切を認め、

その片隅に私も置いてくださいということなのに。


路木ダムを担当する市と県の職員たちよ。

今日と明日と退職後を担保された者たちよ。

差し出した良心は墓場の中か。