キョンキョンの釣り

キョンキョン、たまには釣りに行こうか」
じいちゃんに誘われた。11月の、小春日和の、穏やかな一日だ。
「なにが釣れるの?」
「なにがじゃなくて、なにを釣るかだ」
ふうん、そんなものかね。
キョンキョンは初心者だから、基本のガラカブを釣るか」
じいちゃんは、物置をひっかきまわして釣竿を二本持ってきた。
「バケツとオモリと釣り針もいるな」
また、物置をひっかきまわす。
「エサを調達しなくちゃ、な」
ばぁちゃんに、三時間で帰ると言って、おれとじいちゃんは出かけた。


出かけてすぐによったのは、魚屋だった。これから魚を釣ろうというのに、魚屋によるか。
じいちゃんはさっさと車を降りて、キビナゴをワンパック買ってきた。
「150円の餌だ。大事に使おう」


車で20分ほど走って漁港に着いた。
防波堤の上で釣りをしている人が三人。
「どうですか」と、じいちゃんが声をかける。
「おう、あんたかな」
「名人がおらんとだめですばい」と、もう一人が答える。
「久しぶりですなあ」
なんだ、みんな、知り合いじゃないか。
じいちゃんがしゃべっているあいだ、おれは海を見ていた。カワハギがなにかをつついている。よく見ると、小さなカワハギは何匹もいて、岸壁からつかず離れずしている。
「そこらで釣ろうか」
えっ、防波堤の上じゃないの。ここは漁港の中だし。
じいちゃんは仕掛けをつくりだした。仕掛けといってもたいしたことはない。おもりをつけて、おもりの上に釣り針をつけるだけ。こんなんで釣れるの。
キョンキョンはキビナゴを半分に切ってくれ」
そう言って、じいちゃんはハサミを渡した。
「半分に切ったキビナゴは、こうやって針につける。それから、ほれ、ガラカブどもよ、飯の時間だぞ、と言って投げる」
じいちゃんが投げた。1,2,3のタイミングでガラカブが釣れた。ウソみたいだ。
おれも投げた。すぐに、竿にゴツンというあたり。引っぱった。エサだけがない。
じいちゃんは二匹目を釣り上げた。
「いいか、ガラカブはどう猛な肉食魚だ。岩陰に隠れていて、近づいてくる小魚をバクッと食べる。それからもう一つ、逃げるものを追うという性質がある」
「だから?」
「エサのキビナゴを動かす」
「え、え、どうやって?」
「ま、見ててみな」
じいちゃんが投げた。ふんわりした釣り糸がするすると海の中に入っていく。
「このタイミングだ」
じいちゃんが糸を止める。糸は張って、しばらくしてゆるんだ。
「今、海底についた」
じいちゃんは言ったそばから三匹目を釣り上げた。
おれもやってみる。
すこし遠目に投げる。頃合いを見からって糸を止める。おもりが海底につく。1,2,3と待つ。きた。グッと引っぱったから、こっちもグッと引っぱり返した。重い、重い。赤いガラカブが姿を見せた。


この夜、うちではガラカブづくしだった。
ガラカブのから揚げに、ガラカブの味噌汁、もちろんガラカブの煮付け。おれが釣った特大のガラカブは、じいちゃんが刺身にしてくれた。
うまかった。