タコのコラコラ煮

キョンキョン、冷凍庫からタコを出しといてくれ」
おれが朝飯を食い終わって、茶碗と皿を台所の流しに持っていったときだ。じいちゃんがおれの背中に声をかけた。朝の7時半だ。おれはこれから学校へ行く。
「今夜は、タコのコラコラ煮にしよう」
コラコラというのは、コカ・コーラのことだ。タコをコカ・コーラで煮るのだ。
じいちゃんの得意料理でもある。タコは炭酸で煮ると柔らかくなる。入れ歯のばぁちゃんでも食べられる。


だいたいうちでは、なんでも名前が変わるのだ。変えるのはほとんどがじいちゃんだ。
酢豚の豚の代わりに魚のボラを使ったものは、「ズボラ」だし、もっとひどいのは「ラブラブ」だ。
こないだ、女の人が遊びにきた。お昼を何にしようかというとき、じいちゃんがぼそっと言うのだ。
「ラブラブにしようか」
目を白黒させている女の人に、ばぁちゃんが説明する。
「あの、ちがうんです。うちでいうラブラブは、オムライスのことなんです。うちでは、オムライスの上に赤いケチャップで“LOVE  YOU”と書くんですよ。それで、ラブラブ」。
わけがわからんうちだ。


「学校の帰りにコーラを買ってきてくれ」
そう言ってじいちゃんはおれに100円渡した。


学校の帰り、自動販売機でコーラを買おうとした。でも、コーラは120円だ。じいちゃんはおれに100円しか渡さなかった。買えないじゃん。
じいちゃんは家でタコを茹でていた。
「コーラはどうした。忘れたな」
100円じゃ買えなかったというと、「だれが自販機で買えといった」ときた。
「安売りのドラッグストアへ行ってみな」
おれはカバンを置いて、じいちゃんのいう店へ行った。
店内は広い。いろんな品物が整然と並んでいる。グルグル回って、コーラを見つけた。
おれは目をうたがった。同じものが79円。
「釣りはやる」
じいちゃんは茹であがったタコをぶつぶつ切っていく。さすがに手際がいい。ばぁちゃんが手を出さないはずだ。
タコの、頭と足を切り離す。目をとる。足からくちばしをはずす。1匹のタコを切り分けるのに1分とかからない。タコ三匹で3分だ。
ガス台に鍋をのせて火をつける。コーラを入れる。砂糖を少し、醤油を少し。塩も少し。酒をコップ一杯。沸騰したところに、タコをドバッ。
落としぶたをして、弱火にすること20分。これだけだ。
10分むらしたところで、大皿に盛る。
キョンキョン、庭からネギを採ってこい」
じいちゃんはネギを刻まない。手でちぎる。まったく、いいかげんだ。
でも、これがうまい。
つい、ご飯をおかわりしてしまった。