豊作の柿

国道を走る。郊外のスーパーを過ぎると、田園風景が広がる。
どの家にもどの家にも大きな柿の木があって、どの家の柿の木にも朱色の柿が枝も折れるほどに実をつけている。
「どうしてだれもとらないのかなぁ」
キョンキョンが聞いた。
「とりたくてもとれない。そういうことじゃないか」
じいちゃんは素っ気ない。
「どうして?」
「いいか。まず、柿の木の枝は折れやすい。突然、ボキッとくる。柿の木から落ちてけがをした人は、数えきれない。なかには死んだ人もいる」
「怖い木なんだね」
「そうだ。たしかに、怖い木だ。でも、怖いということを知ることは大事なことだ。知っているからこそ、対応できる。柿の木は折れやすいことを知っていれば、特別に注意してのぼる。長い竹ざおで、地面から柿がなっている先端の細い枝を折ることもできる」
「ただ」とじいちゃんは続ける。
「こんなにも柿がいっぱいの理由は、ほかにある。柿の木を植えたのは、それぞれの時代の父さんたちだ。父さんたちは、子どもたちのために植えたのだ。そろそろ寒くなってくるころだ。もちろん、冬の保存食として干し柿を作った。でもな、それも主には子どもたちのためだったろう。
父さんが柿をとる。それをばぁちゃんと母ちゃんが受け取る。ザルに集めて、日向の縁側で皮をむく。ひもをつけて軒先につるす。ほんの50年前まで、当たり前の日本の農村風景だった。
それを変えたのは、戦後の復興、近代化、さらには貨幣経済の横行だ。これらは、複雑に絡み合って、父さんを田舎から奪っていった。
だから、今ではこんなにも美しく柿は熟れているのに、とり手がいないのだ」


おれは、車を運転するじいちゃんの横顔を見ながら、涙が出てきた。