ダルメウナギ

じいちゃんのカレンダーに赤い印が付いている。今日の日付だ。
夕方にじいちゃんは出刃包丁を研ぎ出した。それも二本だ。
キョンキョン、今夜は2時に起きな」
おれは宿題をして、作文を書いて、やることがいっぱいあるのに。
「懐中電気を二つ用意しなくちゃ、な」
じいちゃんは物置をかき回して、二つの懐中電気を持ってきた。
「今夜は忙しくなるぞ。キョンキョンも早く寝ろ」
そう言って、9時には寝てしまった。
2時に目覚ましが鳴った。
じいちゃんはもう起きていて、身支度を整えたところだ。
思わず笑ってしまった。左右の腰に皮製の腰バッグを提げている。そこに夕方に研いでいた出刃包丁が入る。西部劇のガンマンみたいだ。ジョン・ウェインクリント・イーストウッドをいっしょにしたみたいだ。
「さ、行くぞ」
おれは、防寒服のフードをかぶった。


夜の海は、暗くて寒い。遠くに見える家の明かりも、どことなく頼りなげだ。
おれは防寒服に長靴なのに、じいちゃんは半ズボンでサンダルの格好だ。この方が身軽に動ける、とじいちゃんは言っている。それに、この時期になると外気温よりも海の水の方が暖かいのだ。
「ダルメウナギというのは」と、潮が引いた夜の干潟を歩きながらじいちゃんが言う。
「この季節の新月の大潮の、この時しかいない。そのダルメウナギを一匹だけいただく。おまえやおまえの母さんや父さん、それに、ばぁちゃんとじいちゃんの健康のために、だ」
じいちゃんは今夜のためにずっと前から準備をしてきたのだ。
海水があるところまできた。
「懐中電気をつけてみな」
スイッチを押した。暗い海に光の輪が広がる。今までに見たことがない光景が浮かび上がった。
緑色のイソギンチャクがきれいだ。イソギンチャクに見とれていたら、足になにかが触れた。団扇(ウチワ)のようなものが泳いでいく。
「エイの子どもだ」
小さな赤い光が並んでいる。
「あれは、エビの目玉だ」
暗い夜の海はこんなに色鮮やかなのだ。
「その先」
じいちゃんが自分の明かりを向けた。黒くて長いものが、砂の上に見えた。
「ダルメウナギだ」
大きい。おれの身長くらいある。太さも、おれの足くらいある。じいちゃんが腰袋から出刃包丁を取り出した。
じいちゃんは慎重にダルメウナギをまたいだ。そして、自分の懐中電気を口にくわえると、ダルメウナギの頭の後ろ、ムナビレの下にすっ、すっと包丁を刺し入れた。
あっという間だ。
ダルメウナギは、激しく尻尾を振った。それから、二本の包丁の間を猛烈な速さで通り過ぎて行った。骨だけになって。