キョンキョンの釣り2

じいちゃんが物置をかき回している音がする。
まったく、整理整頓というのができないのかね。
「あった、あった」
じいちゃんが出てきた。釣竿を2本持っている。
「今日は、クロを釣ろう」
なに?クロってなに?
「東国では、グレとかメジナと呼ばれている魚だ」
東国、ね。おれはその東国から来たんだ。


夏休みの間に引っ越した。埼玉からだ。父さんと母さんは、まだ、残っている。
原発の事故のせいだ。埼玉でもあちこちで放射能が観測されだした。ホットスポットもいくつかあるらしい。
それで、じいちゃんとばぁちゃんがいる天草に来たんだ。


天草の生活は刺激的だ。
まったく思いもしない方向から、言葉と出来事が起こって来る。これは、刺激というより、衝撃といった方がいいかもしれない。


キョンキョン、車に乗れ」
車にのった。
どこへ行くかと思ったら、コイン精米機へ寄った。そこでヌカをバケツにどかっと入れた。
それから釣具屋に行く。250円のアミのブロックを一つ。200円のエサ用の刺しアミを一つ。
こないだの防波堤に行った。
「今日は外側だ」
じいちゃんは防波堤に両手をかけると、よいしょと上った。
「大分歳をとったな」
おれの手をじいちゃんが引っ張ってくれた。
海水を入れながら、アミとヌカを混ぜる。
「これぐらいでいいだろう」
じいちゃんはピンポン玉くらいに丸めたヌカ団子を海に投げた。海の中にヌカ団子がゆるゆると沈んでいく。なんの反応もない。続いて二つ目を投げる。沈んでいくヌカ団が割れる。その下に黒い影が見えた。三つ目を投げた。黒い影は、ヌカ団子を目指して突進してくるじゃないか。
じいちゃんは仕掛けをつくりだした。
「ゆっくりでいいから、さっきみたいに投げ続けていろ」
ヌカ団子を投げると、面白いように魚が集まってくる。この魚をどうやって釣るのかね。
じいちゃんはおれに竿をわたした。ウキもなんにもない。今日はリールもない。竿の先端から糸がのびて、おれの目の前に釣り針がある。それだけだ。
じいちゃんがエサをつけた。そのエサを包むようにヌカ団子を丸める。
「海の神さま、今日はクロが5匹でいい。二匹は刺身で、あとの三匹は煮付け用だ」
そういって投げた。
ヌカ団子が沈んでいく。ゆらゆらしながら、割れた。その瞬間に、じいちゃんの竿が曲がった。真っ黒い魚が顔を見せた。
「ほれ、一匹」
おれもやってみた。
エサをつけるのが結構面倒くさい。なんとかついた。ヌカ団子で包む。投げた。ふわふわと沈んでいく。割れたみたいと思ったら、いきなりガッときた。グーンと引っぱっていく。
おれは竿を両手で持った。おれの方が海に引きずり込まれそうだ。
「ちょっと待っていろ」
じいちゃんは近くにいた人からタモを借りてきた。
「おもいっきり、引っ張れ」
おれは引っ張った。魚との力くらべだ。
じいちゃんが、タモをかまえた。もう、少しだ。


クロがあんなにうまい魚とは知らなかった。
三枚におろした半身は、熱湯をかけて、すぐに氷水につける。水気をふいて刺身にする。
大皿に刺身が並んだ。
竜宮城に来たみたいだった。