塩の道

天草町大江で塩づくりをしていたまっちゃんが亡くなった。B型肝炎だったと聞いた。今日、連れ合いのめぐみちゃんから手紙と塩が届いた。

 

まっちゃんが天草に来たのは1990年の秋だった。翌年の春、半年遅れで、ぼくたち家族は天草に来た。最初に出会ったのは、インドカレーの店「プーリー」でだった。相当くたびれたワゴン車には、子犬が一匹一緒だった。

「絵を描いてくれないかなあ」

これが、まっちゃんからの最初の依頼だった。塩作りを始めるにあたって、地元の人たちに説明しなければいけない。その時に使う説明用の絵を描いてほしい。そして彼は、その海岸の様子と塩づくりの設備を説明した。

ぼくは何となく描いたのだが、話だけでよく描けるもんだとまっちゃんが感心していたのを思い出す。

さて、塩を作るにはまず、海水を濃縮しなければならない。それも、太陽と風によって。

「海水の塩分濃度は大体3%くらいなんよ。これを12%くらいにまで濃縮するんよ。それから釜で炊くのと、ハウスの中で自然乾燥させるのと二通りの方法で塩を作るんや」

まっちゃんの言い方に関西弁が混じるのは、四国の徳島生まれで、神戸大学へ進んだせいもあるのかと思う。

(つづく)

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