スリーナイト(結婚式当日)


結婚式の会場は市内のホテルだった。11時が始まりで、10時半から受け付けということだ。おれたちは、9時半に公園で待ち合わせて、歩くことにした。途中で花束を買う必要もあった。
花屋さんは商店街のはずれにある。まだ若いお姉さんが、水道のホースを持って花に水をやっていた。じゃぶ、じゃぶと。こんなものかね。
「あの、3千円で花束をつくってもらいたいんですけど」
おれが切りだした。
「なんか特別な日なの?」
お姉さんは歌うように言った。
「先生の結婚式です。これから」
「あら、大変。望みの花はある?」
「いえ。おまかせします」
「わかった。まかせなさい。花屋の腕のみせどころね」
お姉さんはふんふんと歌いながら花束をつくった。二つも。
「はい。できあがり」
「あの、予算は3千円なんですけど」
「いいわよ。おまけ。だって、お婿さんに一つ、花嫁さんに一ついるでしょ」
「ありがとうございます」
3人一度に頭を下げた。花束からは、ユリのいい香りがただよった。
ホテルの受付の前に来た。イクオもモモコも緊張している。もちろん、おれも。
受付には若い女の人と男の人が立っている。
「生徒さんですね」
女の人が声をかけてくれた。
「ここに名前を書いてください」と筆ペンをわたされた。
縦書きだ。モモコの手がふるえているのが分かる。案の定だ。モモコの字はふるえながら枠をはみ出した。
「いいですよ」と女の人はやさしい。
こんな時にいちばん毅然としているのはイクオだ。モモコのとなりの欄にうまくおさめた。おれもなんとか書いた。
式場は5階です、といわれた。エレベーターはロビーの突き当たりにあります。受付で花束を渡そうとしたら、そのままお持ちください、といわれた。エレベーターで5階へ行く。降りたところに男の人。ニコニコしている。だれかに似ている。そうだ、トリサキ先生に似ている。
「今日はほんとにありがとう。テーブルに名札が置いてあるので、そこへ座ってください。あ、それから、楽にしてね」
会場でおれたちは席を探した。隅っこの方だろうと思って、隅の方から見ていったが、ない。
「ご案内します」という声が聞こえた。会場係の人らしい。付いていった。一番前列の、しかも真ん中じゃないか。3人で顔を見合わせたよ。
用意された席が、埋まった。大勢の人だ。やがて、「新郎、新婦の入場です」と司会の男の人の声がした。みんながいっせいに拍手。おれたちもつられて拍手。トリサキ先生とタナカ先生が手をつないで登場した。より大きな拍手。ピーピーと指笛を鳴らす人もいる。そういえばタナカ先生は沖縄の出身だったな。
「お二人は昨日、入籍を済まされました。それでは、これからお二人に誓いの言葉をご披露していただきます」
トリサキ先生がポケットから一枚の紙をとりだした。紙の右端をトリサキ先生が持ち、左端をタナカ先生が持つ。そして、二人で読んだ。
「誓いの言葉。
わたしたちは昨年、台風襲来のさなかに結婚を約束しました。今日来てくれた3人の生徒が証人です。
今後、大津波や、大地震や、つまりは天変地異が二人を引き裂くまで、二人、信じあい、信頼しあい、生きていくことを誓います」
会場からは、拍手と指笛。おれは涙が流れた。モモコも泣いている。イクオは涙を必死でこらえているようだ。
「では、花束贈呈に移ります。生徒の3人さん、お願いします」
生徒の3人さんって、おれたちしかいないじゃないか。
イクオが立ちあがった。おれも立った。モモコはまだ、涙を流している。
さあ、行くよ。
おれはモモコに花束を押しつけた。