線を引く

思い通りの線を引くのは難しい。
きのう、写生大会があった。海岸に行って、防波堤と海と、その向うの島と島の上の雲を描いた。描いたそばから消しゴムで消したくなる。実際、消した。写生大会が終わるころには画用紙は、すすけたふすまのようになった。


でも、じいちゃんの描く絵を見ていると、じいちゃんは思う通りに線を引いている気がする。ただ、じいちゃんの場合、写生じゃない。
「いないものを描くのだ」とじいちゃんは言う。
この前は、一本の青い竹の上を歩くネコを描いていた。ネコは手ぬぐいで頬かぶりしている。どろぼうネコのつもりらしい。
思わず見てしまう。そして、フフと笑ってしまう。
「どうしてこんな絵を描こうと思いつくんだろう」と聞いてみた。
「さあ」とじいちゃんは首をかしげる
「たとえばこういうことじゃないか。白い紙をじっと見ていると、浮かんでくるものがあるだろう。その形をペンでなぞればいい」


次の日おれは、半日、白い紙とにらめっこした。
でも、浮かんでくるのはヘラヘラしたじいちゃんの顔と武闘派のばぁちゃんの顔ばかりだ。
写生大会の絵は、明日までに学校に持っていくのだ。消しゴムの跡だらけの無残な絵がおれの前にある。
「その絵、持ってきてみな」
おれは、おそるおそる絵を持っていった。
じいちゃんは絵を見て、「ここだけを描いてみな」と言って赤鉛筆で囲った。
それは絵の中の防波堤の部分だ。
「いいか。真っすぐな線は定規を使えば簡単に引ける。絵の線はそうじゃない。垂直な線は、地球の重力の中心に向かって引く。水平な線を引くときは、海の水平線を想いえがけ」


たまにはじいちゃんもいいことを言う。
今日は少しだけじいちゃんを見直した。