春霞
むかし、東京近辺にいたころ、
「田舎はどちらですか?」と聞かれることがあった。
ぼくの場合、できるだけ言いたくないという妙な心理が働くものだから、
「西の方です」なんて答えていた。
「西というと関西の方ですか?それとも、もっと西ですか?」
「も、もっと西です」
「じゃ、中国地方とか、いや、それも飛び越して、九州とか?」
ぼくは,コクリとうなづく。
「九州ですか。でも、九州と言っても広い。どの辺ですか?」
「真ん中あたり」
「それじゃ大分か熊本でしょう?」
「熊本県です」と渋々答える。
「県ときましたね。ということは、市内ではなくて辺鄙なところですね」
「そ、西のはずれです」
「熊本の西のはずれ、分かった。天草だ」
ここまでで約10分。
「天草だったら冬もあったかいでしょう?」
「えぇ、2月になれば」
ここでぼくの脳裏には春霞が浮かび上がる。
そして、なぜか啄木の歌も一緒だ。
柔らかに柳あおめる北上の
岸辺目にみゆ
泣けとごとくに