髪を切る




 この前髪を切ったのは、たしか去年の十月頃だったように思う。
 もう、六月も終わろうとしているから、そろそろ八カ月になるか。
 最初で最後の床屋に行ったのが、十九の時だったから、この調子で四〇年過ごしてきたことになる。床屋泣かせの人生だ。
 それにしても、白いものが目立つようになった。半々と思っていたが、どうも六対四で白髪が多いかもしれない。
 「よく、自分で切れますね」といわれる。
これには二つの意味がある。
その一は、自分で切っておいて、よく人前に出て恥ずかしくないですね。
その二は、さすがに器用な人ですね。
で、その一は、無視。その二についてはこう答える。
 「えぇ、こうやって、両手にハサミを持ちましてね、右と左を同時に切っていくんですよ」と説明していた。すると、あいては、
 「あんたは器用だから」と納得する。
 しかし、これはウソである。いくら器用でも、右手と左手のハサミを同時に動かして切れる訳がない。人間の脳は、そこまで柔軟にはできていない。試しにやってみてください。もしできたら、あなたは人を越えた超人類です。
 
 髪を切る時、鏡は見ない。「テキトー」に切っていく。ぼくの髪は「クセッ毛」というやつで、耳の後ろで渦を巻いている。湿度が高いほど、クルクル度は増す。大昔の湿度計が髪の毛をセンサーにしていたこともうなずける。
 
 今日、髪を切り終わって、一年振りに鏡を見た。眉に白髪が混じっているのを見つけた。これには驚いた。眉は、生まれてこの方いじったことがない。黒い、太い眉がぼくのトレードマークになっていた。その眉に今日初めて白髪を見つけた。
 この先、眉毛の白髪は加速度をつけて増えていくのだろう。すると、この先、十年もしたら、ぼくの眉は真っ白になっているかもしれない。
 そうか、と思う。三十代、四十代の体力的最大値からゆるやかに下降線をたどり、もはや、終盤にさしかかっている。
 さて、人生の終盤をどう生きるか、これはカミさんと話し合わねばならない。ぼくの終盤は、カミさんの終盤でもあるのだから。