石書き


昔、葉書というのがあった。葉書(ハガキ)は今もあるが、今のものとはちがう。昔、人々は木の葉に文字を書いたのだ。この地方では、「字書き柴」と呼ばれていた。柴とは、葉をつけた小枝の総称だ。
 葉書の特徴は、離れた人へ伝えられることだろう。たとえば、与作が山の向こうに住む彼女に葉書を送る。与作は葉っぱを一枚ちぎって、「イモクッタカ」と書いて、用事で山向こうの村まで出かける利助に託す。利助は一枚の葉っぱの返事を持って帰ってくる。「イモクッテネ」。ネは、ないだ。芋を食っていないということだ。与作は、持ちきれるだけの芋を背負って、山向こうの彼女のところへ行く。


 それで、葉書があるのなら石書きもあっていいのではないか。先日、石を拾いながら思った。ためしに書いてみた。
「一日、おつかれさま」と書いて、カミさんの帰りに合わせて目立つ所に置いておいた。
「あら、なに、これ。ふうん、なかなかいいんじゃない」
思いのほか好評だった。

気を良くしたおれは次の日、「寝る」「メシができたら起こしてくれ」と書いた石を机の上に置いた。晩飯をつくる息子クンへのメッセージだった。
息子クンは、帰ってきたカミさんに説明していた。
「下へ降りてきたらだれもいないじゃん。電気はつけっぱなし、ストーブもつけっぱなし、机の上は作業中のようで、散らかりっ放し。で、机の上をよく見ると、「寝る」「メシができたら起こしてくれ」と書いた石が転がっている。この家は石器時代か」
そう。伝えることは難しい。