トントン・パテルのお話し


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 タラチネヤマを下りるのに丸一日かかりました。
 不思議なことに、村を出てからこれまでに生き物の気配を感じたことは一度もありません。鳥の鳴き声さえ、聞かなかったのです。それが、タラチネヤマを下りる途中、空の高いところを白いネコカラスが飛んでいました。ネコカラスは、いくども旋回しながら少しずつチチハリヤマの向こうへ飛んで行きました。
 「ネコカラスが案内してくれる」
 チーゴが言いました。
 たしかに、空を飛ぶネコカラスの姿は、村人の目には、小さいけれどもたしかにそこにある、希望に見えたのです。
 希望、とパテルは思いました。白いものの及ばない土地が山の向うには必ず、ある。村のみんなはそこへたどり着き、あたらしく家をつくったり、畑を耕したりするのだ。
 レミィが鼻をひくひくさせながらパテルのところに走ってきました。
 「お水の匂いがするよ」
 レミィは、鼻をつきだして嗅いでいます。
 「なに、水だって」
 ブドンがレミィの方を向きました。そして、
 「おれには、苔の匂いしかしないがね」と言いました。
 「その苔の匂いの、すこぅし下の方。熱い岩の上あたりよ」
 「こりゃ、たまげた。あんたには匂いが層になって感じられるのかね」
 ブドンは、本当に驚いたふうです。
 たしかにレミィには不思議なところがありました。
 以前、パテルの家に旅人が泊ったことがありました。レミィはやはり旅人の匂いを嗅ぎ、それからこう言ったのです。
 「熱いところを歩いて来たんだね。そしたら、急に雨になって困ったと思っていたら、また晴れてきた」
 旅人は目をぱちくりさせていました。その通りだったのです。
 「あそこ」
 レミィが指さしました。
 大人の背丈の倍はあるくらいの大きな岩の下です。するどい草で覆われています。草には白いものがうっすらと積もっています。
 みんなが集まりました。タットばあさんが、そっと草をかき分けました。たしかに水です。それも絶えず湧きだしているようです。湧き水は岩のあいだで小さなたまりをつくり、あふれた水は横にある穴へと流れています。
 「問題は、白いものが混じっているかどうかだが」
 チーゴはそう言って、顔を近づけました。
 「白いものの匂いはしないよ」
 レミィが言いました。