漁師は嘆く


天草の不知火海でチリメン漁をやっている友人の漁師が嘆いている。
「去年も不漁だった。そして、今年もとっくに漁期はきているのに海にチリメンの姿はない。その理由は分かっている。養殖マグロの餌にチリメンの親を片っ端から獲っているのだ。
 チリメンはカタクチイワシの子どもだ。親がいなくては子どもは生まれない。今年の2月に天草漁協と熊本県漁連に、カタクチイワシの産卵期のあいだ、2月から4月までだが、親を獲らないでくれるよう申し入れた。でも、漁を休む様子はなく、相変わらず獲り続けている。
 自分で自分の首を絞めているのがどうして分からないのか」

 その昔、不知火海は「魚わく海」と呼ばれた。今は、見る影もない。鯛やブリやヒラメの養殖に、数年前からマグロが加わった。鹿児島県の獅子島沖から天草の栖本の沖合まで、養殖マグロのイケスは数キロに及ぶ。当然ながら海は汚染が進む。子どもたちは、海で泳がなくなった。波止で釣りをする人の数もめっきり減った。赤潮がたびたびおこり、有害プランクトンが発生して、二枚貝がこれをため込む。いわゆる貝毒と呼ばれるものだ。そして、この貝毒、年々過激になっていくように見える。
「カキ、アサリは食べないでください」
行政防災無線が、毎年、市民に警告する。もう、10年以上になるのではないか。

先日、5月の連休の最終日に『森と干潟のシンポジウム』があった。貝毒が発生している海域とは反対側の、羊角湾が主のシンポジウムだった。会も終わりに近づいたころ、会場から手があがった。マグロ養殖の地元、新和町漁協の代表者だ。貝毒の噂のせいで魚が売れなくなった。この風評被害を何とかしてくれ、と言っている。あんたらは学者だろう。だったら原因はこうで、こうすれば解決する、その道筋を示してくれと言っているのだ。
鹿児島大学の佐藤教授は、困った顔をしながらも丁寧に説明する。しかし、漁協の代表者は納得しない。おれは答えが聞きたくて今日参加したんだ。
たまりかねて、元大阪大学大学院助教授の植村氏が会場から発言する。
「あんたねえ、あんたの言ってることはむちゃくちゃや。水たまりを自分でひっかきまわしといて、濁ったから何とかしてくれと言ってるようなもんや。そんな話は、まず、市の水産課や県の水産研究所へ持っていくべきだとちゃうか」
広島フィールドミュージアムの金井塚さんも答える。
貝毒という結果が出ている以上、どこかに原因があるのでしょうが、海は微妙なバランスの上に成り立っています。ましてや海はつながっています。現在貝毒が発生している狭い海域だけを見ていても答えはでません」
佐藤教授が付け加えます。
「わたしたちが羊角湾を調査するのも、なぜ、ここにだけこれだけの希少種や絶滅危惧種が残っているのか、そのことを解明したいと思うからです。回り道に見えるかもしれませんが、こんな観察を経て、そうか、そういうことだったのか、と思い当たるのだと思います。調べれば調べるほど、分からないことだらけです」
漁協の代表者は、わかった、わかったというように両手をあげた。