汁粉


八月も終わりに近づいてから雨が続くようになった。
それでも時々太陽が出ると暑かったのが、今日は一度も太陽は出ないで、午前中は土砂降り、午後はシトシトと降り続いた。気温が下がって、一日を通して25度だった。
それで、「汁粉」という話を思い出した。

こんな話です。

*********************


じいさんは自動販売機で売っているあったかい汁粉が好物だ。
おれは、じいさんのところへ行くのに、汁粉を二缶買う。
「じいさん、生きてるか」
これがいつものあいさつだ。
たいていは寝ている。おそらく、一日二十四時間のうちの、二十時間は寝ている。何年も前に八十は過ぎた、と言っている。名前は、その時によって「五右衛門」だったり、「伊衛門」だったりする。歳も名前もどうでもいいらしい。
おれはじいさんに汁粉の一つをわたし、一つをおれが飲む。

おれとじいさんとの出会いは、三年前だ。
じいいさんは自動販売機の前で、一生懸命にコインを入れようとしていた。しかし、手がふるえてうまく入れられないのだ。
「じいさん、貸してみな」
おれがコインを投入してやり、釣り銭もとってじいさんに渡した。
じいさんとは、それ以来の付き合いだ。

じいさんがどうして汁粉が好きなのか、聞いたことがあった。
「わしのカカアの大好物でな。ベッドの上で小銭入れを握りしめて買いに行こうとするんだ。わしは、小銭入れをひったくったよ。それから表へ走り出た」
そういうと、じいさんはしわだらけの手で涙をぬぐった。
「あれから何回一緒に汁粉を飲んだか、もう、忘れた」
冬の陽が当たる縁側で、じいさんは汁粉をすする。
「また、寄ってくれ。やけどするように熱い汁粉を持ってな」