悲しみのアンテナ

今日、19歳の誕生日を迎えた少女がいます。
いえ、少女というのはかわいそうです。友だちに対する心配りなどは、春の日のお日さまのようにやさしく、あたたかく、森を吹きわたるみどりの風のようにもさわやかです。

少女は小さいころから特別な子どもでした。少女のまわりには悲しみのアンテナがいくつもクルクルと回っていて、春が過ぎて夏に向かおうとするこの時季、つまりは、少女の誕生日のころになると、悲しみのアンテナは激しく波打ち、ひときわ感度があがります。
少女は自分で制御できなくなります。傾いたコップから水がこぼれるように、涙が少女の目からあふれます。
先日もバイト先のお店の前でしゃがみこんで泣いていました。気分を変えてコーヒーでも飲もうか、と行った喫茶店でも、コーヒーを前にしてあふれてくる涙を止めることができません。

それにしても、なぜ、この時期なのでしょうか。山では、若葉が日に日に緑を濃くしていきます。6月に入ると梅雨も始まります。そして、少女は誕生日を迎えます。誕生日が悲しさを誘うのでしょうか。一本のろうそくから始まった誕生ケーキには、今年は19本のろうそくが並びます。
「お誕生日、おめでとう。19歳、おめでとう」
家族はいつも、心をこめて誕生日を祝ってくれます。そのことは少女も十分わかっています。ただ、少女の心はまったく別のところで揺れ動くように見えます。いや、「まったく別のところで」ではなく、それだからこそともいえるのかもしれません。

両親のいっぱいの愛情のなかで育った子どもは、人を疑うことを知りません。周囲の人たちはみんな「いい人」なのです。両親と同じように自分に優しくしてくれる人たち・・・。     でも、小学校で早くも少女は、そうではないことを知ります。学校は休みがちになります。

中学の時にバイトでためたお金でギターを買いました。以来、ギターが話し相手であり、友達であり、自身を開放する魔法のツールになります。少女はギターを弾き、詩を書き、歌をつくりはじめました。
『HELLO』,『空風』、『絵顔』、『星霜』・・・どれも少女がつくった歌のタイトルです。

まもなく夏です。
はるか遠くに繰り返されるかなしみの歌を、明るい声で歌い始める少女を待っています。