「お正月」

新年明けましておめでとうございます
どちらさまもおめでとうございます
いい正月でございます
雪が降っております
少々寒うございます
ふところはもっと寒うございます
ええ、明けましておめでとうございます


おい、おい、だんだん沈んでくるやないか
ちっともめでたい気分になれへんやんか


おまえ、やってみろって
じゃ、やるよ
どちらさまもおめでとうございます
新年でございます。空には鶴が飛び、海には亀が泳いでおります


めでたそうな光景だけど、なんか気持ち悪いな
で、鶴と亀はたくさんいるのか?


たくさんなんてもんやおまへん。空一面、鶴や。お日さまもよう見えん。海は海で、亀の大群や。足の踏み場もおまへん。なんせ、亀の甲羅の上歩いて、向こう岸に渡れるくらいや


それのどこがめでたいんじゃ。君な、ヒチコックの『鳥』という映画、観たことあるか?空一面が鶴だなんて、そら、めでたいを通り越して恐怖だ
もう一度おまえ、やってみろって?
ええ、みなさま、おめでとうございます
海のかなたに朝陽が昇ります
初日の出でございます
後ろを見ますと、松の葉が朝陽に輝いております。横を見ますと、


後ろや横やと忙しい男やな


ちゃちゃをいれるな


うちの猫、チャチャゆう名前でん


猫のはなし、するな。どこまで話たかな


後ろには松で、横にはなにがあるんじゃい。大方察しはつきますがな。マ、ここは先輩の顔を立てて話の続き聞きまひょか


聞きまひょか、って、おい、ずいぶん冷たい言い方だな。それに、いま先輩といったが、君とおれとは同級生だろ。先輩も後輩もないだろ


ノン、ノン、マドモアゼル。おれは十一月二十四日の生まれ、君は十一月十八日の生まれや。つまり、六日だけ君の方が先輩ゆうわけや


六日だけ先輩って、ずいぶん細かいこと言うな


ごちゃごちゃ言わんと話の続きせんかい。横には竹があって、朝日に輝いているんだろ


よくわかるな。漫才やめて、占い師になったらどうだ


推理や、ワトソン君。
それで、後ろが松で横に竹があって、梅はどこにあるんや


梅は目の前にある


目の前は海やなかったんかいな


海はずっとずっとかなたです


いったい君はどこに立っとるんじゃい。初日の出を拝んで山の上やおまへんのか


残念でした。家の庭なのだ


君んとこは、庭に松があって竹があって梅まであるんかいな。君んとこの庭、そんな広かったか


だれも広い庭と言うとらん


そやかて、松に竹に梅・・・


盆栽です、盆栽。鉢植えです。
白磁の鶴と陶器の亀もいるぞ。鯉だって土から頭だけ出して冬眠中だ


なあ、いくらめでたいもの、いっぱい揃えたっても、所詮ミニチュアと焼きもんの偽物やないか。そら、その気になればめでたい気分になれるかもしれん。そやかて、それって本当のめでたさやおまへんやろ


「東京にはほんたうの空はないという」
なんか高村光太郎の『智恵子抄』みたいなこと言うな。
そら、たしかにおまえのいう通り本物のめでたさじゃないかも知れん。でも、めでたさの尻尾でもいいから味わいたいじゃないか
「幾山川超え去り行かばさびしさの果てなむ国ぞ今日も旅行く」牧水


それがめでたさの尻尾かいな


希望や希望。
いまはミニチュアや偽物でも、いつか本物に囲まれる日が来る、そう思って毎日一生懸命君と漫才やってるんじゃないか


ウーン。あのな、君が一生懸命やってることは分かった。
けどな、分かるかなあ。これな、分かったら全部ぱっと分かる。けど、分からんやつにはどこまでいっても全然分からん。


スフィンクスのなぞなぞみたいだな


たとえばやな、智恵子が見たいおもうた空はどんな空やったのか。牧水が探し続けたさびしさの果てなむ国は、どんな国なんか、そのことに思いを寄せるんや
おれに身を寄せてどうする。
思いを寄せるとはその人の身になって考えることや


そしたらぱっと分かるのか


そや。
君の目の前に突然、たくさんの世界が広がる。
そうか、おれはいままで自分のことばっかり考えて小さな小さな世界で堂々巡りばっかりしていたな。よっしゃ、分かった。これからは智恵子の目で見、牧水の心で考えよう・・・そう思うようになるねん
・・・・
なんや、その目は?


智恵子の目


その口はなんや?


牧水の口


なんで牧水が投げキスするんじゃい


愛をみんなに


なんちゅうめでたいやつじゃ、おまえは