ネコは車がお好き、あるいはナンセンスということ

 

 

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屋根の上のネコ

以前、ナンセンスという言葉が流行ったことがあった。

そんな時代のナンセンスなお話。

 

           エレベーターガール

  

           隆盛を誇ったデパートにも陰りが見え始めた。

           この「しあわせデパート」も例外ではない

 

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エレベーターガールの植木かおりさん

 

 

 「みなさま、本日は当「しあわせデパート」にお越しくださいましてありがとうございます。わたくしは本日のご案内をさせていただきます植木かおりと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 エレベーターは混み合っております。申し訳ございませんが、奥の方から順にお詰めください。皆様の足もとに足形のマークがございます。そのマークをお踏みください。足形のマークは50組ございます。

 みなさまがお乗りのエレベーターは、2,7×5,4メートルの長方形になっております。重量制限は3トン、定員は50人でございます。エー、これはあくまで標準体重が60キロとした場合の50人でございます。おや、ブザーが鳴っておりますね。重量オーバーでございます。最後にお乗りのお客様、申しわけございませんが、降りていただけますでしょうか。ありがとうございます。おや、まだ鳴っていますね。それでは申し訳ございませんが、その前にお乗りのお客様も降りていただけますでしょうか。

 足形は空いているじゃないかって。たしかに、そうですね。ひぃ、ふう、みぃ・・・と数えても、足形は7つも空いています。みなさんの中で、体重が100キロを超える人は手を上げてください。はい、正直に手を上げていただきましてありがとうございます。三名様ですね。では、三名のお客様は、入口に近い方から順に降りていただきます。ブザーが鳴り止みましたら、残った方は結構でございます。はい、では、最初の方、どうぞ。

まだ、鳴っていますね。では、お二人目の方、どうぞ。

まだ、鳴っています。それでは、三人目の方、お願いします。

止まりました。お降りいただいたお客様には申し訳ありませんでした。三十分後にもう一度お乗りください。最優先保証付きのプレミアムカードを差し上げます。三十分の自由をどうか満喫なさってくださいませ。

 どうも失礼いたしました。最近のエレベーターには安全装置というものがついておりまして、ブザーが鳴っているあいだは動かないように設計されております。ご迷惑をおかけしました。 

 さて、それでは仕切り直しと行きましょうか。改めまして、「しあわせデパート」のご案内をさせていただきます。

 

 初めに大事な注意点を述べさせていただきます。お客様の中で閉所恐怖症の方はいらっしゃいませんか。扉が閉まりますと、エレベーターの中は密室となります。当デパートは108階ございます。一気に108階の「雲の上展望テラス」まで上昇いたします。この間、エレベーターでは密室の状態が7分30秒続きます。あ、お二人の手があがりました。ほかにはいらっしゃいませんか。この7分30秒の時間がどれくらいの時間かと申しますと、あの足の速いアキレスが、100メートルを10秒で走ったとして、4,5キロを走る時間です。秒速3センチの亀さんが、13,5メートル歩く時間です。あなたがラーメンに箸をつけ、それを食べ終わる時間です。さあ、密室の7分30秒をあなたは耐えられるか。

4名様の手があがりました。続いて3名様。では、優先プレミアムカードを・・・、えっ、いらないと。歩いていく、そうですか。それではご忠告ですが、1階から2階まで階段を上るのに1分30秒かかります。つまり、90秒です。その調子で10階まで上るのに900秒です。で、100階までならその十倍ですから9000秒、すなわち150分、時間にいたしまして2時間30分かかります。108階は、さらにその上ですから3時間はかかる計算になります。これはあくまで二十歳の成人男性の場合です。四十歳ですと、係数1,4をかけてください。五十歳だと1,8です。六十代の方は、係数3をかけてください。よく考えてください。3時間×3は9時間です。お日さまも沈みます。当店は午後八時で閉店いたします。店内の明かりは非常用照明に切り替わります。

 よろしいんですね。それではご無事をお祈りいたします。

 

 大変失礼いたしました。もう一つ、大事なことをつけ加えさせていただきます。

 みな様は「幽体離脱」の経験はおありでしょうか。身体から魂が離れるというものです。実はエレベーターは、「幽体離脱の場」でもあります。エレベーターが上昇します。身体はエレベーターとともに上昇します。ところが、魂はこれに付いていけません。下の方でオロオロしております。エレベーターはぐんぐん上昇します。まさしく、幽体離脱です。

 ご心配なさらなくてもたいていは大丈夫です。99パーセントは、魂があとから追いかけてきて元の身体に戻ります。ただ、まれにではございますが、身体を取り違える少々ドジな魂もございます。

 その場合どうするかと申しますと、まず、違う身体に入った魂に、いったんその身体から出てもらいます。これは秘儀でございまして、「魂払(たまばら)いの儀」といわれます。そのあと、本来の宿り主の身体が差し出されます。さあ、魂よ、これが本来のそなたの宿り主だよ、と魂に言います。大抵はこれで納得して元に帰るのですが、どこにでも天の邪鬼はいるものでして、おらはこっちがいい、という魂が必ず出てまいります。そこでどうするか。秘儀中の秘儀、「魂植(たまうえ)の儀」の登場です。ここで使われますのが、秘刀「魂切(たまぎ)りの剣」です。この剣でタテ、ヨコ、ナナメと魂を切り刻みます。切り刻まれた魂は、もう統一した意識を持つことはできません。玉ねぎのミジン切りのようなものでございます。

なんだか怖くなってきた。そうでございますか。今日はおやめになりますか。

みなさん、なんだかお顔の色がすぐれませんが・・・。

あらら、みんな降りちゃいましたよ。

仕方ない。今日も一人で幽体離脱、7分30秒の孤独の旅と行きますか」