漫才『ナンバ式』


  同級生の二人は、高校卒業後、関西と関東にわかれました。そして、月日は流れて、めでたく定年退職。退職後に故郷で再び出会います。漫才コンビ『オジサンコミック』の誕生です。


ロンドンオリンピックが終わりました。選手・役員のみなさん、お疲れさまでした」
「なんか、素っ気ないな。選手・役員のみなさん、お疲れさまでした、って。おまえな、まるで町内の運動会が終わったみたいやんか」
「エー、アー、ウー…」
「なんや、それ」
JOC会長。聞かれても答えられません。第一、言いたくない」
「なんの話や」
「アー・・・、言いたくない」
「なら、言わんでもよろしいがな」
ロンドンオリンピックが終わりました」
「それは聞いた」
ロンドンオリンピックが始まりました」
「終わったり、始まったりと、忙しいやっちゃな。なにが言いたいねん」
ロンドンオリンピック開会式のことです。日本選手団入場。堂々の行進です。ところで、日本選手団の胸にペンダントが見えますね。震災がれきでつくられた「がんばれニッポン」のペンダントです。出発前に日本選手・役員518人に、野田首相が手ずから渡したものです。しかし、しかしですよ。このペンダントをつけていたばっかりに日本選手団は、入場行進の後、係員から退場門へと誘導されます」
「しゃべっとるやないか」
NHKは、この場面をカット。だから、ほとんどの日本人は開会式でなにが起こったのか知りません」
「おれも知らんかった」
「ペンダントは、主に福島の中学生が中心となってつくりました。震災からの復興を願ったペンダントです」
「ええやないか。美談やおまへんか」
「それが、ヨーロッパでは美談では済まされません。福島由来の震災がれきを使ったペンダントとなりますと、放射能に汚染された震災がれきの拡散ということになってしまいます」
「ちょっと、待て。震災がれきの拡散ゆうと、日本じゃ政府が率先してやっとるやないか」
「そこが世界の認識と日本の認識の違いです」
「どういうこっちゃ」
放射能に汚染されたがれきは、できるだけ閉じ込める。何十年、何百年かかるか分からないが、とにかく外に出さない。チェルノブイリでは、爆発した原発をコンクリートで覆ってしまいました。石棺、石の棺(ひつぎ)と呼ばれています」
「そら、聞いたことがある。しかしな、なんで世界と日本で認識の違いが生まれるんや。そこが分からん」
「さあ、赤信号をみんなで渡っているのじゃありませんか」
「ありませんかって。おい、ずいぶんと無責任な言い方でんな」
ロンドンオリンピックの話はやめましょ。わたしは、もともとオリンピックは嫌いです」
「やめましょ、って。あんたが言い出したことやんか。第一、オリンピックのどこが嫌いやねん」
「とくに球技は嫌いです」
「なんでやねん。サッカー、頑張りましたな。なでしこジャパンもいま一歩のところまでいったやありませんか。バレーボールもようやったし、愛ちゃんが頑張った卓球、どれもこれも球技やおまへんか」
「わたしはね、オリンピックは単純でいいと思っています。走る、跳ぶ、投げる。人類が、基本的な身体能力を競う、4年に一回の大会。それで充分だと思います」
「なんとも、省略系、単純化系に見えますけどな」
「原点回帰型、と呼んでもらえませんか」
「原点に帰ってばかりいて、どないするんや。あんたの頭の中には、進歩、発展ちゅうことはないんか」
「はっきりいって、ない」
「なんでや。なんで、そこまではっきり言い切れる?」
「あのなあ、きみ。頭冷やして考えてみてよ。『方丈記』を書いた鴨長明という人がいました。千年後にきみがいる。きみは鴨長明よりも進歩・発展したか?」
「そら、ま、言えんわな。・・・でも、科学はどうや。鴨長明の時代に飛行機はなかった。電車もなかった。もちろん、車もない。でも、今は、あります。これって、世の中の進歩・発展やありませんか」
「だから、そのこととオリンピックとどう関係がある?飛行機や車でオリンピックやるわけじゃないでしょう」
「そら、そうですけど・・・」
「『ナンバ式』って、聞いたことありませんか」
「大阪のナンバだったら少しは知ってますけど」
「末纘慎吾という名前は聞いたことがありませんか」
「なんか、面接で口頭試問受けてる感じやな。それやったら知っとる。熊本の九州学院高校出身のスプリンターや」
「よかった。やっと話がかみ合いました」
「で、末纘慎吾がどないしたん」
「彼こそが陸上の世界で『ナンバ式』を初めて取り入れた」
「その、『ナンバ式』ゆうの、いったい、なんや」
「簡単にいえば、武士の歩き方、走り方、立ち居振る舞いの全部だ」
「よう分からん」
「楽にして立ってみな。それから、ゆっくりひざを折る。重心をしずかに前に移動する。もっと、もっとだ」
「た、倒れるがな」
「倒れる寸前に足を出す。ストップ」
「・・・・?」
「右足と右手が同時に前に出てるな。これがナンバ式だ。重心を前に移していって、倒れる寸前に足。そいで、右、左、右と前に進む」
「なんか、オランウータンになった気分や。こんなんでなんで速く走れるんや」
「第一に内臓をねじらないから、余計な負担をかけない。第二。いつでも刀を抜ける」
「か、刀って。それじゃ、あれか。末纘選手は前を走る選手をばっさ、ばっさと切って自分だけゴールしたんか」
「いかんな。妄想に取りつかれとる。この指が見えるか。妄想よ、妄想、どこか遠くへ飛んで行け」
「・・・・・」
「どうだ。現実に戻ったか」
「・・・うん、うん。戻った」
「見た人がいないから本当のところは分からないが、その昔、飛脚は一日100キロを走ったといわれている」
「100キロゆうたら、マラソンの二倍以上じゃありませんか。それもやっぱり、ナンバ式か」
「イエス
「オランウータンがマラソン走るのか」
「オランウータンから離れろ。きみ、映画で忍者を見たことないか」
「あるでぇ。千葉真一の『影の軍団』、よう見ました。嫁さんと一緒に」
「なんか一言多いな。嫁さんはよけいだろ」
「よけいやない。嫁さんがいてはるからわしがいる。そいで、忍者がどないした?」
「忍者が走っている場面を思い出してほしい。前傾姿勢で、小走りに走っていなかったか」
「そういえば、そうや。タ、タ、タ、タと走っとったな」
「それだ。それがナンバ式の走り方だ。片方の手で背中に背負った刀の鞘を押さえる。基本的に体重移動で前に進むから、足の裏が見えるほど強く蹴らない。ここが西洋風走りとの大きな違いだな」
「すると、あれか。飛脚さんもそないな風に走ったんか」
「見た人がいないから断定はできないが、99%、まちがいない」
「そやけど、おもろいだろうな。外国の選手が大股で大きく腕を振って走ってはる。その中で、小さい日本の選手が前かがみで、タ、タ、タ、タと走る。たんに走っているだけやない。最後の難所といわれる35キロ過ぎの上り坂で、外国の選手をごぼう抜きや。マラソンの常識を変えてしまったんやで」
「常識を変えた、か。きみもたまには、いいこといいますな」
「想像力や、想像力。それで、末纘選手はどないしました?」
「喜べ。北京オリンピック400メートルリレー、銀メダル。日本陸上界初めての快挙だ」
「なんかおかしいな。あんたの話は前へ前へと帰っていくやんか」
「君の話は先へ先へと飛んでいく・・・」
赤塚不二夫だったらこう言いますやろ。これでいいのだ」