クルマネコ

6月の最後の週の火曜日だった。カミさんがどこか落ち着かない様子で帰ってきた。
夜の道で子猫をひいたという。懐中電気を持って見に行った。子猫はバスタオルでくるまれて、後部座席にいた。口の周りから血が出ている。うずくまったまま、動こうとしない。瀕死の状態に思えた。
「死ぬにしても看取ってやりたくて・・・」とカミさんは言った。
翌朝、明るくなるのを待って様子を見に行った。同じ体勢だ。口の周りを拭いてやり、水だけでも飲まないかと、指につけた水を子猫の口につけるが、飲まない。
この日、子猫をカミさんの車からぼくの車へ移した。持って見て感じた。子猫はガリガリに痩せている。
次の日、口の周りにつけた水を、幾度か舌を出してなめた。
さらに次の日、出掛ける前のカミさんが、子猫用のえさを指に乗せてやったら、食べた。それも、指までも食ってしまう勢いで。
「食べた。食べたよ。ああ、痛かった」
この日を境に、子猫は少しずつ元気になっていった。車の中に段ボールでつくったトイレを置いた。えさを入れる皿と水の容器を置いた。なんとなくの寝場所をつくった。
車はぼくの車だから、ぼくが動くときは当然車は動く。子猫も一緒に動く。先週の環境会議にも、一泊二日で行ってきた。ルームミラーで見ていると、車が右に左に揺れるたびに、足を踏ん張ってバランスをとっている。かと思うと、ハンドルをよじ登ってダッシュボードに飛び移る。どうも、車上生活を楽しんでいるようだ。
名前を考えている。
車にひかれたのだ。そういえばH.ヘッセの小説に『車輪の下』というのがあった。あの小説の主人公の名前は確か「デミアン」ではなかったか。じゃ、「デミ」でどうだ。
たぶん、家族には反対されるのだが。