じいちゃんの小説

朝早く目が覚めた。外はまだ暗い。時計を見た。4時だ。
じいちゃんの部屋からカタカタと音がする。じいちゃんがパソコンを打っている。
おれは、そっと起き上った。じいちゃんの部屋をのぞく。カタカタの音が止まった。グビリと音がする。焼酎を飲んだな。
「なんだ、こんな時間に」
じいちゃんが振り返った。
「目が覚めちゃってさ。そしたら、じいちゃんの部屋に明かりがついてるじゃん」
「おまえの前身は蛾か。なんで明かりに集まる」
「べ、別に蛾とは思ってないけど」
「じゃ、浮世のバカになりたいのか」
「な、なに。浮世のバカってなに?」
「江戸の末期に狂歌がはやった。その中の一つにこんなのがある。
 世の中に 寝るより楽はなかりけり 浮世のバカはおきてはたらく」
そっか、起きて働くのは、バカなのだ。じゃ、じいちゃんはなんで起きてるのだ。
「おれが起きているのは」と、じいちゃんが話し出す。
原発の設計図を描こうというのではない。実は、昔書いた小説みたいなものがあって、折々に直しているのだ」
ふうん、小説ね。
「タイトルはなに?」
「圭太の島」
「いつ書いたの?」
「じいちゃんが27の時だったな」
「じゃ、30年以上も経ってまだ完成していないの」
「そういうことになる」
いったい、30年もじいちゃんはなにをやっていたんだ。
「どういう話なの」
「じいちゃんが中学生の頃、この島に橋がかかった。その時の話だ」
「おもしろい?」
「わからん」
「読んでみていいかな」
じいちゃんは一瞬ためらったが、パソコンの椅子から立ち上がった。手にはしっかり焼酎のコップを持って。


おれは読み始めた。