たくさんのわたし



  津波

蝶々だったらよかったな
わたしは白いモンシロチョウ
母さんは黄色い蝶々
ひらひら飛ぶの
波の上を
向こうの丘の上まで






  ネルのねがい


「嫌いだ、嫌いだと思っていればさ、すぐに嫌いなものはやってくるんだ」
木の上で、もしゃもしゃ髪のフランの声がしました。
「好きだ、好きだ、いつまでもこのままでいたいと思っていると、あっという間にいなくなってしまうのさ」

ネルは寒い冬がいやでした。
昨日は冷たい風が吹き抜け、ネルの小さなあたたかい心臓の音も耳を澄まさなければ聞こえないようでした。
今日は風といっしょに雪が舞っています。ネルの小さな目の前を白い雪は次々通り過ぎて、まるで白いカーテンのようです。
もしゃもしゃ髪のフランの、歌うような声が聞こえます。

「春はきらいといってみな。
お花はきらいといってみな。
お日さまきらいといってみな。
きらいなものはすぐにくる」

ネルは小さな声でいってみました。
「春はきらい。お花はきらい。お日さまもきらい」
「それじゃ、聞こえないよ」
もしゃもしゃ髪のフランはいいます。
「それじゃ、野原にだって届かない。お日さまなんか、ずっと遠くにいるんだから」

ネルは、大きな声ではっきりといいました。
「春はきらい。
お花はきらい。
お日さまなんて大っきらい」

するとどうでしょう。なんだか少しあたたかくなった気持ちです。
風の音が静かになり、雪がやみました。
「ほらね」
もしゃもしゃ髪のフランが木からおりてきました。「願いごとはさ、反対のことを願うのさ。なぜって、鏡になってるからね」

母さんと父さんのいない二度目の冬がやってきました。
ネルは、ずっと迷っています。
ネルは母さんと父さんが大好きでした。それで、どうしても母さんと父さんがきらいといえないのです。母さんと父さんに会いたくないといえません。

山の上では半分の月が輝きはじめました。






クモの子ジップ
  〜たくさんのわたし


 ジップはクモの子です。ジップのきょうだいは三百五十クモいますが、名前はみんなジップです。おんなじ日に、おんなじ一つの大きな卵から生まれました。
ほんとは、卵は一つではなくて、いくつかにわかれていたのですが、母さんが糸をだしてグルグルまきにして、まるで一つの卵のようにまとめてしまったのです。
 母さんグモのマーシーが、
 「ジップや」と呼びますと、たくさんのジップがいっせいに「ハーイ」とこたえます。
 ジップたちはいつもいっしょに遊びました。
 あるとき、いつものようにやわらかな草のうえで遊んでいますと、ザッ、ザッという音が聞こえてきました。
 「にんげんだよ」
 マーシーはいいました。
 ジップたちは、わらわらといろんな方向に逃げました。みんながおなじ方へ逃げたらみんな踏みつぶされてしまうかもしれません。マーシーからいつもいわれていました。
 それでもこのとき、十二クモのジップがつぶされてしまいました。
 しばらくすると、ジップたちは自分で糸をだせるようになりました。自分の糸を木の枝にくっつけて、ぶら下がったりして遊んでいました。とつぜん、木の上がさわがしくなりました。
 「メジロだよ」
 マーシーがさけびました。
 ジップたちは急いで木の枝にかえりましたが、六十六クモのジップがメジロに食べられてしまいました。
 よく晴れた日のことです。マーシーはみんなを集めていいました。
 「ジップや。いよいよ、出発のときがきたよ。木の上から風にのるんだよ。たかく、たかく、とおく、とおく飛ぶんだよ、いいかい」
 「ハーイ」
 ジップたちは声をそろえてこたえました。
 「それから、あたらしい場所について、はじめてのクモにあったら、わたしはマーシーの子どもで、ジップといいます、っていうんだよ」
 ジップはだまってうなずきました。もう、ジップの頭のなかは空を飛んでいる自分のすがたでいっぱいです。
 風は、海の方から山へと吹いています。ヒュウーと木の枝をゆらし、それからいちだんと強くゴウと吹いています。
 「さあ、いまだよ」
 マーシーがいいました。
 ジップはつかんでいた葉っぱをはなしました。