タコ焼き屋のおやじとの二人会話

 海沿いのタコ焼き屋。
 5,6歳くらいの女の子を連れた女性が立ち寄った。
「タコ焼きください」
 女性はどこか都会風で、すましている。
「はい。いらっしゃい。ちょうど今、焼きあがったところで」
たこ焼き屋のおやじは女性に向かってニッと笑った。
「あの、青のりはかけないでください」
「ほう、そりゃまたどうして?」
「これから大事な用件で人と会うのに、前歯に青のりをくっつけたまま、というわけにはいきません」
「なるほど。はい、分かりました」
「あ、そのかつお節もいりません」
「なんで。かつお節がかかっていないタコ焼きは、豆腐が入っていない鍋みたいなもんですよ」
「息が生臭くなるといけませんから」
「相手の人って、魚嫌いの人?」
「そうかも知れません」
「そうか。初めて会う人なんだ。ひょっとして、今日はお見合いだったりして」
「どうして分かるんですか」
「顔を見てごらん。はい。鏡」
 女性は鏡を見ている。
「なにも書いてないですけど」
「書いてあるとは限らないさ。耳を見てごらんなさい。赤くなっているでしょう」
「あら、ほんとだ。赤くなっている」
「ね、すぐ分かるでしょう」
「でも、耳が赤いからお見合いって言えないでしょう?」
「ふっふ」
「なんですか。その笑い方は。ふっふって」
「気に障ったらごめんなさい。たとえば、こういうことです。
耳が赤くなるのは、恥じらいの証拠。それは、男と女の話です。それに、大事な用件で人に会うのだとあなたは言った。それも初対面の人だ。しかも、お子さんも同伴で。こうくれば、十中八九、お見合いでしょう」
「なんという観察力、なんという洞察力、加えて緻密な推理力、お見それしました」
「いえ、いえ。お誉めにあずかり光栄でございます」
「ところで、タコ焼きからタコをはずしてもらえますか」
「なんでまた。タコが入っていないタコ焼きなんて、肉が入っていないすき焼き、卒業生のいない卒業式みたいなもんですよ」
「主賓がいないと言いたいのでしょう?ついでに、相手がこないお見合いなんてどうかしら」
「おそろしいことを」
「のの子、いらっしゃい。新しいお父さまにご挨拶を」