失くした帽子


5歳のころの写真と思います。あるいは4歳かも。昭和30年ころです。
写真でかぶっている、この帽子を失くしたのでした。失くした場所は、熊本市内の動物園。
当時、父親の母が健在で、出歩くのが好きなこの祖母は、いろんなところに出かけたものです。ぼくを連れて。
離島であった天草から熊本までは、相当に時間がかかりました。まず、港から船に乗ります。途中の島から乗船する人もいて、そのたびに船は停止します。こうして一時間以上かけて三角(みすみ)港に着きます。三角(みすみ)からは列車です。大きくて重そうな鉄の車輪が動き出す光景を覚えています。
当時、熊本市内には叔母がいました。とりあえず、叔母の家で一泊です。叔母の家に着くころには薄暗くなっています。
翌日、問題の動物園です。よく晴れた日で、公園内の木の根っこに腰をおろしてお昼を食べました。たぶん、出がけに叔母が作ってくれた握り飯です。ぼくは帽子をとって握り飯をかじりました。目の前には金網で囲われた池があり、池には亀がいました。池の真ん中には小高い山がつくってあり、亀はそこに集まっていました。風が吹くと、風に乗って亀の匂いがするようでした。

帽子がないことに気付いたのは、三角駅で列車を降りて、船へと向かうときです。熊本も動物園もはるかかなたです。

亀の池の前でおにぎりを食べた。食べ終わって、さあ、帰ろうと促されて立ち上がった。帽子は木の根っこの上。
そのまま、今でもあの木の根っこの上。

動物園での亀の匂いとともに、失くした帽子を思い出します。