お子さまランチ



「桜が満開でございます。地獄のふたも満開でございます」


「おい」
「なんや」
「昨日、食堂に入った」
「それでどないしたん?」
「それが、みょうちきりんな食堂でな。なんかおかしいのだ」
「なんかって、なんや?」
「そこがうまく説明できない。経験あるだろう。玄関入った途端にゾワゾワとするようなところ」
「お化け屋敷か」
「それが、食堂なのだ」
「わからんな。たとえばウェイトレスがよぼよぼのおばあさんだったとか、コックさんが厨房で青竜刀を研いでいたりとか」
「ちがう。ウェイトレスは普通のにこやかなおばさんだ。コックさんも真面目そうなおじさんだ」
「じゃ、あんたのゾワゾワのもとはなんや」
「なんだろう。それを考えているのだ」
「それで、あんたは食堂へ行った。にこやかなおばさんがやってくる。いらっしゃいませ。なんにいたしましょうか」
「そうだ。メニューだ。メニューは壁にかかっております、ときた」
「ほう。どないなメニューでしたん?」
「まず、“お子さまランチ”とあった」
「なかなか親切な食堂やおまへんか。それで、ほかには?」
「マドモアゼルランチ」
「ちょっと待て。普通はレディスランチとか言うんやないか。ま、いいわい。ほかには?」
「ジェントルマンランチ」
「なんか、こう、頭がこんがらがってきたな。ま、いいわい。ほかには?」
「じじばばランチ」
「なに?」
「だから、じじばばランチ」
「もろ、ストレートやな」
「そう思うだろう。だから、おれもにこやかなおばさんに言った。じじばばはあんまりと思います。第一、どこから見てもじじばばであっても、本人はちっともじじばばと思っていない場合が多いのではありませんか。せめて、シルバーランチとかに名前を変えたらどうですか、と」
「中身はおんなじでもシルバーの方が響きはいいわな」
「そしたら、にこやかなおばさんはちょっと考えて“ゴールデンランチ”と書いた」
「そら、相当レベル高いな。にこやかなおばさんは、ただものじゃないな」
「そう思うだろう。メニューはまだある。“五丁目ランチ”だ」
「なんだ、それ?」
「五十代の方におすすめ、とある」
「じゃ、六十代もあるんか?」
「ある。四丁目ランチだ」
「そ、それじゃ、七十代は?」
「三丁目ランチだ」
「八十代は、二丁目ランチか?」
「そうだ。それで九十代が一丁目」
「おい。だんだん近くなってるやないか」
「わー、近くなってる」
「おれも背中の辺がゾワゾワして来たわ」

食堂の名前は『満海』といいます。