ある人生

 流木を探しに海水浴場に行った。
 遠くに小さなプラスチックのバケツを持った人がいる。おもちゃのような赤いバケツだ。ときどきしゃがんではなにかを拾っている。釣り餌にするために、ヤドカリでも拾っているのか。
 お互いの距離が詰まった。
「こんにちは」
 どちからともなく挨拶する。
 「なにを拾っているんですか」と聞いてみた。
 「貝殻ですわ」
 関西弁だ。
 「大阪からの移住者ですねん」
 「そうですか。じゃ、奥さんもごいっしょに」
 「いえ。家内は亡くなりまして…」
 「天草の出身ですか」
 「いえ、いえ。大阪生まれの大阪育ちです。天草には、わしの姉が嫁いでいまして、それで定年を機に移住しました」
 70歳くらいだろうか。背は高くはないが、がっしりとした体格だ。それでいて、物越しはやわらかい。
 「流木の小枝に貝殻をくっつけて、亀とか鳥をつくるんです。そいつをな、そうめんの空き箱がありますやろ。紙ではなくて、木でできたやつ。その木箱を白くきれいに塗装します。そこへ飾りつけるんですわ」
 「そういえば、いつか銀行で見たことがあります。そうか、あれをつくっていたのはあなたでしたか」
「はい、はい」
 こぼれるような笑顔。それから、急に眼を落とす。
 「大阪で生まれて、働いて、でも、今は天草です。こうやって砂浜歩いてて思います。わしの一生なんてこの流れ着いた流木となんも変わらんのじゃないかって」
 顔をあげて明るく笑う。
 「大阪の家には息子夫婦が住んでます。わしは、姉の家に居候ですわ。やることないんで、貝殻と流木ですわ。晩飯食ったら、8時ころには寝ます。すると12時ころに目が覚めて、それからが流木細工の時間です」
 「おたくはなに作ってはります。やっぱり、流木ですか」
 「そ、流木です。椅子とかテーブルとかです」
 「あぁ、そんな匂いがしましたわ。なんていうか、同類の匂いというか。あの、わし、毎日、2時から3時くらいまでここへきてます」
 「また、会いましょう。ここで」
 「えぇ、えぇ。また、会いましょう」