キョンキョンの潮干狩り

キョンキョン
じいちゃんが呼んだ。おれは寝転がって本を読んでいた。明日までにこの本を読んで読書感想文を書かなくてはいけない。
「マテ貝をとりに行こうか」
じいちゃんの声は間のびしている。
「な、なに、マテ貝ってなに」
「長い貝だ」
「長いって、どれくらい長いの」
「じいちゃんの指くらいだ」
じいちゃんはそう言って自分の中指を示した。
「そんなのがまだ地球上に生き残っているんだ」
「ああ、いる。アサリはすっかり減ってしまったが、マテ貝は増えているようだ」
へぇ、そんなものかね。


「マテ貝をとるには塩がいる。行きがけに近所のスーパーによるか」
「塩はうちにあるじゃん」
「うちの塩は大江のまっちゃんがつくった塩だ。もったいない」
「どう、ちがうの」
「まっちゃんの塩は海水から作る。昔風に言うと、流下式だ。海水の塩分濃度は、約3パーセント、これを10パーセントくらいにする。風と太陽の力によってな」
「それから?」
「それから、焚く。一部は自然乾燥させる」
「じゃ、スーパーの塩は?」
「今では、いろんな塩があるが、やはりその主流は専売公社の塩だ。今は、たぶん、日本たばこ産業に統一されていると思うがな」
「塩って大事なものなの?」
「ああ、大事なものだ。塩のことをラテン語でSALといった。昔エジプトでは、一日働いた給金は、塩だった。英語のSALARY(給与)はここからきている」
ふうん、とおれ。
じいちゃんとおれはてくてく歩きながら話してる。じいちゃんはバケツを持って、肩に鍬をかついでいる。おれは、花壇から引っこ抜いてきたシャベルをもっている。
スーパーによった。1キロ180円の塩を持ってレジに行った。レジのお姉ちゃんが2歩、3歩と下がった。
じいちゃんは、髪はぼさぼさで、髭も伸びている。異様な雰囲気を感じたのだろう。しかも、肩には鍬を引っ掛けている。レジのお姉ちゃんも引くはずだ。
信号を渡り、病院の前を通り、川を越えて、漁協の角を左へ曲がると海だ。
岸壁からテトラを下りる。
干潟にはあちこちに水たまりがあって、のぞくとヤドカリや小さなハゼが遊んでいる。
パチンパチンと音がする。
「何の音?」
テッポウエビだろ。警戒、警戒、人間がきた。穴の中でそう言っているんだ」
じいちゃんは穴の一つを足でぐっと押した。もう一度押した。
大きなハサミのエビが出てきた。
「ほら、これがテッポウエビ


ここらでやってみるか。じいちゃんが砂を鍬ですくった。
楕円形の穴が3つ。
「塩を入れてみな」
おれは塩を入れた。穴の中で海水が上下した。マテ貝が頭を出した。
「そいつをつかまえろ」
おれはつかまえた。
「ゆっくり、ゆっくり引き抜け」
でも、こいつ、以外と力が強いじゃん。


この日の夜は、やはり、マテ貝づくしだった。
大きな鍋でマテ貝をゆでる。ゆであがったマテ貝の殻と身をわける。
「これは混ぜご飯にするか」
じいちゃんは、マテ貝を細かくきざんだ。小さな鍋でみりんとさけとしょうゆを沸騰させる。そこへきざんだマテ貝を入れる。いい匂いがしてきた。
炊きあがったご飯に混ぜる。最後にショウガを千切りにして、これも混ぜ込む。
食べるのが待ちどうしかった。