絶滅危惧種

先日、鹿児島大学の佐藤教授が来て「干潟の観察会」があった。
路木川と早浦川の二つの川の河口の外には、大潮の干潮時になると広大な干潟が現れる。
参加者はおよそ、30人。熊手やバケツを持って広い干潟に散らばる。
近所のおばさんがハマグリを掘っていた。
「近頃はあんまりおらんとですよ」
それでもカゴには20個近いハマグリが入っている。このハマグリで、今夜は混ぜご飯をつくるのだと笑った。


1時間ほどで、橋の下の涼しい風が吹く日陰にそれぞれが収穫物を持って集まった。
「これはニホンハマグリですよ」
佐藤先生の、ていねいでやさしい解説の時間がはじまる。
「今、スーパーなどで売られているのは、ほとんどがいわゆる「チョウセンハマグリ」という外来種です。「ニホンハマグリ」は、絶滅危惧種です」
「これを見てください」
佐藤先生は、ピンセットで細いゴカイをつまみあげる。
「イトヒキゴカイといいます。ふつう、ゴカイ類は歯を持っています。でも、このイトヒキゴカイには歯がありません。干潟の砂を取り入れて有機物を食べているのです」
「これはシオヤガイではありませんか。生きた個体を見るのはわたしもはじめてです」
「かって、諫早の干潟には、ハイガイがたくさんいました。でも、諫早湾が閉め切られてからは見ることができません」


聞いていて不思議な感覚に襲われた。
絶滅危惧種とは、実は人間なのではないか。
いのちは、自らの死をあらかじめ認めようとはしない。そもそも、「いのちは永遠に続く」という前提から外に出ることができない。分かっているのだが、自らの死を受け入れるのが怖いのだと思う。
福島の原発事故以降、私たち人間は、否応なしに生と死と、人間の存続の現実を突きつけられている。