じいちゃんのそうめん

じいちゃんはそうめんが好きだ。
一日中そうめんでもかまわん、と言っている。
でも、そうめんを食べるダシにはこだわっている。
朝、昆布と干しシイタケを水につける。それから、寝る。
昼近くなって、じいちゃんはごそごそ動き出す。片手なべをガス台に置いて火をつける。鍋が熱くなったところへ、味醂をじゅっ。少し待って、酒をじゅっ。それから、醤油をじゅっ。最後に鰹節をひと握り入れ、ここで1,2,3の呼吸で火を止める。
これをザルでこして、さきの昆布とシイタケと合わせる。
今日の昼はそうめんだった。薬味にネギ、ショウガ、それにミョウガとゴマだ。
うまかった。
食べながらじいちゃんは言うのだ。
「今食っているのは、島原のそうめんだ。
なぜ、島原でそうめんか、というと400年前にまでさかのぼる。そう、1637年の『天草・島原の乱』だ。この乱で天草と島原の人々は殺しつくされた。幕府は移住政策をとった。ここで四国から製麺に携わる人々が島原と天草に来た。ここまではいいか」
おれはそうめんを食うはしを休めてうなづく。
大体、じいちゃんの話は、九割は本当だ。問題はあとの一割だ。
去年、さんざんな目にあった。北海道旅行から帰った姉ちゃんが、お土産にと絵葉書をくれた。オホーツクの海を背景に丘の上に動物がいる。じいちゃんがわきからのぞいて口を出す。
「おっ、北海イノシシじゃないか」
おれは混乱した。どう見てもキツネにしか見えない。
じいちゃんは言う。
「オホーツクの海はきれいだな。この深い青色はどうだ。ところで、英語で深いということを「ディープ」というんだ。青い海を背に北海イノシシがいる。いい写真だ」
おれは学校で「北海イノシシ」って知ってるかと自慢して回った。最後に担任の小沢先生に見せた。先生は写真を見るなり、「キタキツネじゃないか」と言ったのだ。
じいちゃんはこんな人だ。