宇井純という人。


宇井純は杖をついた小柄なおじいさん
「いやあ、満身創痍ですよ」
にっこり笑って 杖を握りなおす
OHPの透明フィルムにマジックで曲線を描く
そして 水平線を一本
交わるところに 水鳥
曲線の高いところに 木
かいがいしくOHPを操作しているのは
大阪大学大学院助教授という肩書きで退職した
植村振作氏
このときのテーマは 「循環」
海のものは 山に運ばれ
森を育てる
森は自ら育んだものを 水に溶かして海へ送る
私たち人間も 水鳥や熊と同じように
大きな「循環」のなかの運び屋に過ぎない


別の時 宇井純
ホワイトボードに三角形を描いた
「こんなピラミッド形の組織は駄目です。トップが替われば、全体が替わってしまう。かって、水俣で漁協がそうだったように」
宇井純はそういって 三角形を消し
小さな丸をたくさん描き、線で結ぶ
市民運動はゆるやかなネットワークで結ばれるべきです。ひとつが潰されても、運動全体がなくなることはありません」


また ある時
「官僚の名を石に刻め」
と怒りを込めて言った
ダムといい海岸工事といい
立案し推進した官僚の名を石に刻み
永遠にその場に置けと


諫早湾閉め切りの時
水しぶきを上げて落下する鉄板の映像が全国に流れた
あの鉄板を落とすスイッチは10個あって
10人がスイッチの前に立ち
いっせいにボタンを押した
本物は一つ 9つはダミー
どれが本当のスイッチなのか 誰も知らない
つまり 誰にも責任はなく 
誰も責任を取らない仕組みが完成する
こうして 有明海の命を育む諫早湾は閉め切られたのだと
故山下弘文は言った


近・現代の日本が作り出した歪んだ構造
深い叡智は疎んじられ 利権と保身がでかい顔をする
宇井純が言いたかったのは
謙虚になれと
真理は単純なものだと
ただ 自らの目を開いて
世界を見ることだと


宇井純の思いは
吹きわたる風と
雲に刻もう