アカテガニの夢



 川原の土手に棲むアカテガニでございます。
 久々に雨が降りました。われらアカテガニは、雨に心が弾むのでございます。
 川面に雨粒がはね、山は白くかすんで、その上を黒雲が覆って、遠くでドコドコドコと雷鳴が聞こえます。もう、じっとしておれません。土手の横穴を這い出し、草むらをかき分け、ぬれた道路に這い上がります。
 雨に打たれて赤色がつややかに映えます。

どうか、赤いハサミと甲羅がもっともっと赤くなりますように。
願わくば、この広い川原に敷き詰めた赤いじゅうたんのようにも、また再びわれらが埋め尽くす日が来ますように。


少なくとも50年前には、われらは、われらの春と、われらの夏と、われらの秋を謳歌しておりました。

夏の満月に導かれてわれらは海を目指します。われらの小さくかわいい子どもたちを海へと放つためです。

ああ、しかし、われらの悲劇はそのときから始まったのです。

入り江と海、川原と海のあいだには次々と道路がつくられました。
月明かりの中、われらはいっせいに海を目指します。海へ、海へ。われらは道路にあふれます。車が来て、潰していきます。それでも、あとからあとから押し寄せ、再び道路にあふれます。そこへまた、車が来て潰していきます。

こうして、海までたどり着けたわれらは、1000のうち10か20でございました。

おっと、車が来ました。われらは俊敏な動きはできません。ヒシッと身を伏せるだけです。いつまでも浮かれていないで土手の巣穴に戻ったほうがよさそうです。川原を埋め尽くす赤いじゅうたんの夢をみながら、じっと力を蓄えましょう。



*写真は、増水した路木川の川プールと路木川から見える六郎次山です。