とぎやとぎ


奥深い森の中では、ツワブキの花がまだ咲いていました。
遅く咲いたゲンノショウコの花も。




今日はカミさんの誕生日でした。
山から帰ってきたら、
「あの絵を見てたの」とカミさん。
「えっ?どの絵?」
「一番左側の絵。題名が書いてないけど」
「そうね。題をつけるとしたら『とぎやとぎ』だな」


『とぎやとぎ』は、5,6年前に書いた詩のようなお話です。


とぎやとぎ

なぁ、ばぁちゃん
うちの包丁は
なんで あんなに切れるのかなぁ
大根は さっくり
にんじんも さっくり
はくさいは ざっくり

それはな とぎやとぎさんのおかげだよ
月の夜に
包丁を出しておくとな
朝にはそれはもうきれいにといで 置いてある

ふーん 
でも とぎやとぎさんって どんな人かなぁ
ばぁちゃんは見たこと あると
いんや ばぁちゃんも見たことはない
なんせ 夜なべ仕事のお針子さんが眠るころ
まあだ 早起き鳥も床の中
お月さまからスルスルと銀の糸が降りてきて
とぎやとぎさんがやってくるんだと

だったら みんな みんな
月の夜に包丁だしとけばいいのに
舞ちゃんちのお母さん
包丁が切れないといっていたのに

きっと舞ちゃんのお母さんは
とぎやとぎさんのことを知らないんだろうね
毎日が忙しすぎると
お月さんなんか めったに見ないもんだよ


その夜 月は煌々と輝いていました
物干し竿が 縁側にくっきりした影を落としています
鳴きつかれたコオロギも夢の中です
お月さまにポツンと黒い点が現われ
見る間に大きくなります
銀色の糸が まっすぐに光っています
やがて 耳をすますと
どこからともなく コシ、コシという音が聞こえます
コシ、コシ、コシ
また しばらくして コシ、コシ、コシ
おばあさんは そっと庭へ回りました
とぎやとぎさんが一心に包丁をといでいます
どこか 懐かしいシルエットです
おばあさんの胸の奥がキュンと鳴りました
あぁ、じいちゃん
とぎやとぎさんが月明かりの中 顔を上げました
それから 恥ずかしそうに微笑みました
あんただったのだね
ずっと、ずっと 見守ってくれていたんだね
・・・ありがとう
今度の月の夜には
あんたの好物のだんごとお茶を用意しとくから
また、月の夜に会えるかな
じいさんは優しく笑って
それから 静かに 片手を挙げました
手の中には銀の糸
ばあさんが涙を拭く間にも
じいさんは黒い点となって 月の中です

とぎやとぎさんのお話です