八月に

八月になった。

今日は、74回目の広島原爆の日

このあと、長崎原爆の日が来て、15日の敗戦の日と続く。

しかし、ぼくの中ではここで終らない。

1979年9月9日、当時住んでいた埼玉県で、一人の在日少年がマンションから飛び降りて自殺した。間もなく40年になる。

在日朝鮮人ということでの、いじめが原因だった。

ぼくたちは『九日会』という市民グループをつくった。在日の現状と韓国・朝鮮についてもっと知りたい、と思った。ぼくは、亡くなった少年のお父さんと一緒に働いた。約一年間、少年のお父さんとビル掃除の仕事をした。いじめた日本人に代わって謝りたいと思った。

家には在日1世のハルモニがいて、よくスジ肉の煮込みをごちそうしてもらった。ホルモンの意味もそのころ知ったように思う。

「関西では捨てることを”ほうる”と言うそうだ。だから捨てるものということで”ホルモン”」

 

それから40年経って、アベの馬鹿は嫌韓を煽る。学習しないどころか逆行している。まさにゾンビそのものだ。アソウやコウノ、ニカイにイナダもゾンビとしか見えない。つまり、ゾンビがこの国の政治を乗っ取ったのだ。

 

台風が東から来て、通り過ぎて行った。

夕方の空には、五日月が顔を出した。

f:id:Kurosuke:20190806170730j:plain

 

 

 

バンカラということ

先日、車の運転中に、吉田拓郎、詩・曲の「わがよき友よ」が浮かんできた。

かまやつひろしが歌っていることが多かったとも思う。

 

  ♪下駄を鳴らしてヤツがくる

   腰に手ぬぐいぶら下げて

   学生服にしみ込んだ 男の匂いがやってくる

 

以下はバンカラについてのぼくの勝手な解釈。

バンカラは、ハイカラに対してのアンチテーゼだろう。時代は、大正末期から昭和の30年くらいまでだと思う。多くは、旧制中学や旧制高等学校が舞台である。

ということは、吉田拓郎にしても父親の時代だろう。

その間には戦争があった。

イカラさんもバンカラさんも、多くが死んだ。

あるいは、富国強兵を支えたのが、バンカラだったのか?

個人的には違うと思いたい。第一、バンカラは少数者だ。100人中、いても2,3人だ。異端であり、異邦人だ。安富歩風に言えば、無縁者ということになるかもしれない。

また、あるいは、ハイカラはその多くが女性で、バンカラは男、という区別だったのか。

バンカラのバンは、野蛮の蛮だろう。その蛮族の男がハイカラな女性に声をかけられる。

 

   ♪かわいいあの子に声かけられて

    ほほを染めてたウブなやつ

   ・・・・・・

いまでは死語になったバンカラだが、どこか懐かしさを覚える。

しばらくは車に乗るたびに思い出しそうだ。

 

写真は、今日の千巖山からの眺望。夏の雲仙普賢岳

 

f:id:Kurosuke:20190728130315j:plain

 

 

    

 

 

 

第36回天草環境会議

環境会議がカウントダウン段階になった。

ぼくは先週の末から苓北へ通って、回数と日付の書き換えをしている。

結構数が多いのだ。道路端に三か所、これは二枚を組み合わせて立てる。建物の壁につける横型のものが三枚。

Aコープに一枚。会場入り口の看板と会場内の壇上に吊るすものなど。

どれも36回の時の経過を物語るものばかりだ。

写真はAコープに立てるもの。90センチ×3メートル。

f:id:Kurosuke:20190706140011j:plain

 

蛾の重さ

f:id:Kurosuke:20190626163646j:plain

夕べ、どこからともなく蛾が舞い降りてきた。

蛾は、羽を震わせている。なにかを必死で訴えているようでもある。

なんだろう?なにを伝えようとしているのだろう?

 

そういえば、以前書いた虫の詩があったな、と思った。

 

詩集『見えないところで』より

 

 遊ぼうと思っただけ

 

遊ぼうと思っただけなのに
あなたはわたしを叩いた
顔の周りを飛ぶのは 親愛の挨拶
わたしは この世界について
わたしの知っていることを 伝えたかっただけ
わたしはあなたを選んだ
でも あなたはわたしを選ばなかった
あなたの一撃でわたしは窓まで飛ばされ
羽の片方が折れてしまった
遊ぼうと思っただけなのに
今日の暑さと明日の朝露の話を
あなたとしてみたかっただけ

ただ 夜になって 
灯りのもとに歩み出たわたしを 
あなたはそっと手のひらにのせた
それで わたしは伝えることができた
わたしはあなたと遊ぼうと思っただけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野草の名前

たとえば、タンポポはなぜ、タンポポというのですか?と聞かれても困ってしまうでしょう。では、オオバコは?ユキノシタは?

6月も半ばを過ぎたこの時期、咲いている野の花はそれほど多くはありません。

そこで、この花です。2年前に家の下の道端から採ってきてプランターに植えていたものです。この花の名前、乏しいぼくの知識の中にはありません。

それでは、ぼくだけの名前を付けようと考えていました。

今日、名付けました。

「ミダレサトスミレ」

見てやってください、こんな花です。

 

 

f:id:Kurosuke:20190621112705j:plain

f:id:Kurosuke:20190621112644j:plain




 

クワガタムシのばか力

水が入った洗面器にクワガタムシがはまって出れないでいた。

この洗面器、包丁を研いだり、ナイフを研いだりするために常時水が張ってある。

ぼくは、人差し指をクワガタムシのお腹のあたりに差し入れて、そっと持ち上げた。

その瞬間、クワガタの角が、ぼくの人差し指をはさんだ。はさむ力がだんだん強くなっていく。握力測定を思い出してほしい。中学時代の記憶では、右が30㎏、左が25㎏だったと思う。クワガタの角は5から10、10から15㎏と強くなっていく。あわてて引き離そうとしたが、脚が、これまた、人差し指をしっかり捕まえていて、こちらも相当の力だ。やっとのことで引き離した。人差し指の先端からは、血が流れた。

それにしても、なんという力だ。

こんなのが100匹も集まって力を合わせたら、かなりの大木でもへし折ってしまうのではないか。

人差し指に絆創膏を巻きながら、なぜか、山本太郎を思った。

 

f:id:Kurosuke:20190606124636j:plain

 

石書き 再び

以前に書いた石書きを出してみた。

これを書いたのは、7,8年前だろう。市内の小松原にいたころだ。石を拾ったのは、新和町の海岸。

一度だけ五和町の陶芸家の庭先で展示販売したことがあった。そうそう、その時、ダルマと一緒に豚を飼いながら彫刻もやる大橋さんが「あら、おもしろい」と言って買ってくれた。

今日、そいつを引っ張り出して見ていた。

秋の『大陶磁器展』で並べてみるか。

 

f:id:Kurosuke:20190524135909j:plain